2012.05.15 Tuesday
復帰40周年に思う−−弱みを強みにかえて行く沖縄の力
謹んでハイサイ!
沖縄県読谷村にあるふたつの琉球ガラス工房、
琉球ガラスの海風、
Glass Art 青い風、
そのネットショップ、
琉球ガラスの海風楽天市場店から、
営業部長の佐々木でございます。
大変ご無沙汰しておりました。
工房はゴールデンウィークを過ぎ、
幾分落ち着きを取り戻してきました。
佐々木家的には、
ひまりのインフルエンザ⇒風邪⇒肺炎・中耳炎⇒入院
と怒涛の1ヶ月でした。
いまはおかげさまで無事退院しまして、
元気に保育園に通っています。
さて今日は沖縄本土復帰40周年の記念日です。
先日、嫁さんのいとこの結婚披露宴に出席しましたが、
義父が来賓挨拶をしました。
昭和12年生まれの義父の人生は、
まさに戦争、そしてアメリカ統治時代、本土復帰……と、
沖縄を取り巻くさまざまな環境の変化とともにあったと
言っていいでしょう。
来賓挨拶では新郎新婦を祝福する言葉とともに、
本土復帰40周年にちなみ、
大変な苦労をして
沖縄の父、母はいままであなたたちを育ててきたのですと、
当時を振り返っておりました。
しかし、
まだこの「苦労」は「現在進行形」であり「過去」のものではありません。
「本土並みに復帰する」という状態からはまだ程遠い状況にあります。
基地問題然り、
雇用問題然り、
さまざまな問題がいまの沖縄には横たわっています。
40年かけても沖縄に横たわる問題がすっきり解決していることは
ほとんどないのでは?
とさえ思います。
しかし、
どんな時代にあっても沖縄の先人たちは苦の中から楽しみを見出してきた。
それを象徴するものの一つとして、
琉球ガラスも上げられるのではないかと思います。
戦後、物資の乏しい中から再生を果たした琉球ガラス。
当時のガラス器では粗悪品扱いを受けていた「気泡」を
あえて「強み」にかえ、独自の進化を遂げていったことは、
琉球ガラスを琉球ガラスたらしめる、画期的な歩みだったと私には思います。
今月、新作が登場しました。
旺盛な食欲は復活し、
「お手手ぱちぱち」、「ばんざーい」、「ばいばーい」など、
たくさん、「芸」を覚えています。
また、最近、パパ、ママ、バーバ、バイバイ
をしゃべるようになりました。
彼女もたくましい沖縄の女の子です。
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旺盛な食欲は復活し、
「お手手ぱちぱち」、「ばんざーい」、「ばいばーい」など、
たくさん、「芸」を覚えています。
また、最近、パパ、ママ、バーバ、バイバイ
をしゃべるようになりました。
彼女もたくましい沖縄の女の子です。
琉球ガラスに携わる者として、
非常に印象に残った台詞がありました。
「琉球ガラスは、沖縄の闇を光に変える工芸品なんだ」
という一言です。
こんなに端的に琉球ガラスを語っていただくと
作家志望の私としてはもう、形無しです(笑)。
日の光をうけた琉球ガラスは最高に美しいです。

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